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福岡高等裁判所 平成6年(ラ)207号 決定

抗告人(被告)

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右代理人弁護士

丸山隆寛

相手方(原告)

川西忠昭

右代理人弁護士

國武格

黒木和彰

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「抗告状」、「抗告理由書」及び「抗告理由補充書」の各写しに記載のとおりであり、これに対する相手方の反論は、別紙「抗告理由書に対する意見書」及び「抗告理由書に対する意見書(その二)」の各写しに記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、相手方が提出を求めている注文伝票は、証券会社の担当者が顧客から買い注文又は売り注文を受けた際にその都度作成する伝票であって、同伝票には、銘柄・売り買いの別・数量・単価(指し値か成行きかの別も含む)のほか、顧客の口座番号と氏名(商号)、扱者(担当者)などが記入され、右記入時に打刻器で日時が打刻されること、右注文を受けた担当者は、右注文伝票に基づいてコンピューターの端末機に注文内容を入力し、これを本社を経由して証券取引所の立会場にいる自社の売買担当者に送信して右注文を取り次ぐことが認められる。

2  証券取引法は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめること等を目的として制定されたものであって(同法一条)、その目的を達成するため、大蔵大臣に対し、証券業の免許の付与、取消しを始めとして(同法二八条、三五条)、証券会社等の営業や財産に関して参考となるべき報告や資料の提出を命じたり、大蔵省職員に命じてその営業や財産状況更には帳簿書類等の検査をさせたりすることができるなどの種々の権限を付与しているところであるが(同法五三条ないし五五条等)、同法は一八八条(平成四年の改正前は一八四条)で、証券会社は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿、計算書、通信文、伝票その他業務に関する書類を作成・保存し、又は業務に関する報告を提出しなければならないとし、これを受けた「証券会社に関する省令」一三条は、同法一八八条の規定により証券会社が作成しなければならない書類の一つとして注文伝票を掲げている。以上によれば、注文伝票は、同省令一三条所定の他の帳簿類と相俟って、証券会社の内部統制を可能にすると共に、大蔵省職員による証券会社の検査を実効的に行わせるために作成が義務付けられているものと解される。

3  次に、基本事件における相手方の請求の原因は、必ずしも十分に整理されているとは言い難い面もないではないが、本件文書提出命令申立事件の審理の過程で相手方から提出された準備書面の内容等をも総合すると、その要旨は、「相手方が抗告人と信用取引契約を締結してその取引を始めるに際し、抗告人の従業員が説明義務に違反し、あるいは断定的判断を提供したり損失負担を約するなどの違法な取引勧誘行為をし、更に、平成三年四月三日以降、約三か月間にわたって、抗告人の従業員が相手方の投資経験や資産状態等に照らして適合性の原則に反する勧誘や内容虚偽の勧誘をしたり、個々の取引につき逐一説明・報告をすることなく漫然と売買取引を行ったり、更には無断売買をするなど、過当な売買を行い、問屋としての善管注意義務に違反し、適正に売買の取次ぎをしなかったために相手方は損害を被ったから、不法行為(使用者責任)又は債務不履行(問屋としての善管注意義務違反。両請求の関係は選択的併合)に基づく損害の賠償として、合計七三八八万二五八七円の支払いを求める。」というものであると認められる。

4  以上の事実を前提として、本件申立てにかかる注文伝票が民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる法律関係文書に該当するか否かについて検討するに、まず、同号後段に言う「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された」文書には、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のほか、右法律関係と密接な関連のある事項を記載した文書も含まれると解するのが相当である(但し、文書の所持者が専ら自己使用の目的で作成した日記帳のごとき内部文書はこれに当たらないものと言うべきである。)。

これを本件について見ると、基本事件における請求の原因の要旨は3で説示したとおりであって、相手方は、信用取引口座開設に際しての抗告人従業員の違法な勧誘行為の存在を主張するほか、その後の一連の取引につき抗告人の問屋としての前記善管注意義務違反の行為が存在する旨主張して不法行為ないし債務不履行の責任を追及するものであるところ、本件における注文伝票の作成経過、内容、法令により作成が義務付けられた趣旨については前記1、2で説示したとおりであるし、抗告人は一般投資家からの委託を受けて有価証券市場において株式等の売買取引を行う証券会社であって、商法上の問屋の地位を有し、顧客に対して善良なる管理者の注意をもって事務を処理すべき注意義務を負うものである(商法五五二条二項、民法六四四条)から、請求の原因のうち、信用取引口座開設に際しての違法行為の主張については抗告人が主張するとおり注文伝票との関連性はないと言わざるを得ないが、後者の一連の取引行為についての問屋としての善管注意義務違反の主張については関連性を肯定することができる。そして、前記1で説示したとおり、証券会社の担当者は、顧客から売り買いの注文を受けた際にその都度注文伝票を作成し、これに銘柄・売り買いの別・数量・単価(指し値か成行きかの別も含む)のほか、顧客の口座番号と氏名(商号)、扱者(担当者)を記入し、同時に日時を打刻した上、同伝票に基づいて注文内容をコンピューター端末に入力することにより売買注文の取次ぎを行うものであり、注文伝票は、顧客からの個別の売買注文の日時、内容の詳細が注文の都度その場で記入され、これが取り次がれて右注文に基づく売買取引が執行されるという意味において最も基本的な伝票であって、証券会社が問屋として善管注意義務に違反することなく誠実に売買の取次ぎをしたか否かを判断するための基礎資料となるべき事項が記載されていることに鑑みると、注文伝票は、相手方と抗告人との法律関係それ自体を記載したものではないものの、少なくともこれと密接な関連のある事項を記載した文書に当たることは明らかである。また、その作成が法令によって義務付けられていて、抗告人が専ら自己使用の目的で作成した内部文書に当たるとは到底解されないから、本件の注文伝票は、民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる法律関係文書に該当するものと認めるのが相当である。

この点に関し、抗告人は、基本事件における相手方の請求原因は総花的、抽象的かつ不明確であって、主張自体模索的なものであるから、本件文書提出命令の申立て自体が許されず、かつ、証拠調べの必要性もない旨主張する。相手方の主張の整理が前記3で説示したとおりやや不十分と思われる点がないではないものの、請求としては一応の特定ができていて、模索的な主張であると言うことはできないし、証拠調べの必要性の点についても、一件記録によれば、基本事件ですでに証拠として提出されている売買取引計算書(乙一一ないし一三)は顧客勘定元帳に基づいて作成されるが、顧客勘定元帳自体が注文伝票に基づいて作成されるものである上、売買取引計算書や顧客勘定元帳には指し値と成行きの別の記載がなく、時刻も記載されていないことが認められるのであって、抗告人は必要であれば顧客勘定元帳を証拠として提出しても良いとするが、基本事件における請求の原因のうち、一連の取引行為についての問屋としての善管注意義務違反を言う部分との関係では、指し値か成行きかの別、時刻はいずれも重要な要素になり得るものであって、売買取引計算書も顧客勘定元帳も注文伝票に代わり得るものとは言い得ないから、注文伝票を証拠として取り調べる必要性も十分肯定できる。更に、注文伝票に記載されている内容は、注文のあった銘柄・売り買いの別・数量・単価・顧客の口座番号と氏名・担当者・時刻等であって、特定の顧客ごと、注文ごとに記載されているから、これを証拠として提出しても他の顧客のプライバシーが侵害されることにはならないし、当該相手方はむしろその提出を望んでおり、他方、抗告人において注文伝票を証拠として提出することにより、特段の不利益が生ずるものとも解されない。

また、抗告人は、仮に文書提出命令自体が許容されるとしても、すべての取引について注文伝票全部を証拠調べの対象とする必要性はない旨主張する。確かに、本件における取引の一部については相手方においてもその意思に基づいて注文したことを認めているところ、それが無断売買ではないと言う意味においては必要性はないと言うべきであるが、相手方は、相手方の投資経験や資産状態等に照らし、約三か月間に約一二〇回にわたって行われた一連の取引行為すべてが適合性の原則に反する勧誘に当たるなどとして抗告人の問屋としての善管注意義務違反を問題にしているのであるから、証拠調べの必要性がないとは言えず、取引全期間を通じての注文伝票全部の提出を命じた原決定は相当である。

三  よって、相手方による文書提出命令の申立てを認容した原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 足立昭二 裁判官 有吉一郎 裁判官 奥田正昭)

別紙抗告状

右当事者間の福岡地方裁判所平成六年(モ)第二〇五五号文書提出命令申立事件について、同裁判所が相手方の申立てにより、平成六年九月二七日付けをもってした文書提出命令は不服であるから、即時抗告を申し立てる。

原決定の表示

主文

抗告人は、本決定送達の日から一か月以内に、平成三年四月三日から同年七月一〇日までの間抗告人が相手方の計算において売買を行った際に作成した注文伝票を当裁判所に提出せよ。

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 相手方の本件文書提出命令の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

追って書面をもって提出する。

別紙抗告理由書

一(法律関係文書の意義)

1 原決定は、民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる法律関係文書の意義について、「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、契約書などのように両者間の法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書であれば足り、所持者が単独で作成したか挙証者と共同で作成したか、また、誰の利益のために作成したかを問わないものと解するのが相当であり、ただ、そのような文書であっても、専ら所持者の内部的な自己使用の目的で作成された文書、例えば日記帳などはこれに当たらないと解するのが相当である」と判断する。

2 しかし、原決定の右判断は、法律関係文書の要件が広すぎ、この点において不当である。ことに、右解釈によれば、挙証者と文書の所持者との間の法律関係の構成要件の一部を記載したに過ぎない文書であっても、所持者が単独で作成したかどうか、また、誰のために作成したかを問わずに文書提出命令の対象となることになり、本来、訴訟当事者に手持ち証拠を提出するか否かの自由を認める民事訴訟法の原則から大きく逸脱することになる。

二(本件文書が法律関係文書に該当しないこと)

かりに、法律関係文書の意義について、原決定のような解釈をするとしても、本件申立にかかる注文伝票は法律関係文書に該当しない。

1(一) 原決定は、前記のとおり、法律関係文書に該当するというためには、法律関係の構成要件事実の全部または一部を記載した文書であれば足りるというが、その法律関係の構成要件事実は、その事実について主張立証責任を負う当事者の主張によって確定されるということになろう。

(二) この点につき、原決定は、原告の主張をつぎのようにまとめている。「申立人(原告)は相手方(被告)に対し、『平成三年四月三日以降、相手方(被告)が申立人(原告)からの売却指示等に従わず(売買の指示なくした売却ないし購入を含む。)、適正に売買の取次ぎをしなかったという問屋としての善管注意義務違反の行為により、申立人(原告)に七三八八万二五八七円の損害を与えた。』と主張して、その損害を請求している」と。原決定はまた、別の箇所で「申立人(原告)は、平成三年四月三日以降の申立人(原告)と相手方(被告)との間の取引行為をすべて問屋としての善管注意義務を怠った違法行為ととらえている」とも述べている。

(三) しかし、原告の主張は、右のように概括できるものではなく、次に述べるとおり変遷が見られるうえ、総花的、抽象的なものであって、不明確である。

(1) 訴状においては、被告の責任原因として、平成三年四月三日に締結した信用取引契約が①断定的判断の提供による勧誘、②損失負担を約しての勧誘、③発行会社の法人情報の提供による勧誘に該当し、不法行為や債務不履行(善管注意義務違反)に該当すると主張し、損害論において、原被告間の各取引に無断売買や強引な買い替え等の勧誘があったと主張する。

(2) 原告第一回準備書面においては、訴状で述べられていた各取引における前記違法事由について主張の変更があり、一部の取引については違法事由がやや具体的に述べられた。

(3) 同第二回準備書面、同第三回準備書面(その一、その二)は、およそ証券取引において、それが違法行為となる事由についての列挙がなされている。

(4) 同第四回準備書面では、原被告間の取引に関し、①信用取引についての適合性の原則違反(信用取引開始基準違反)、②信用取引についての説明義務違反、③日本冶金工株式についての回転売買、④看板理論による債務不履行を主張している。

2(一) ここで、本件文書提出命令の対象となった注文伝票がどういうものであるかについて一言しておく。注文伝票というのは、顧客から証券取引の注文を受けたときに証券会社の担当者が作成する伝票であって、その基本的性質は簿記でいうところの伝票と何ら異なるところはない。記載事項としては、銘柄、売り買いの別、数量、単価(指し値か成り行きかの別を含む)のいわゆる四原則のほか、顧客の口座番号と氏名(商号)、扱者(担当者)などである。担当者は注文伝票に以上の事項を記載した後、注文伝票に打刻器で日時を記入し、注文をコンピューターの端末機に入力して、本社を経由し証券取引所に送信する。取引所での取引の結果はコンピューターで表示されるので、それを(多くは担当者の補助者が)注文伝票に記載することになる。

(二) この点について、原決定は「注文伝票は、顧客が証券会社に買い注文又は売り注文を出した場合、これらの注文を、証券会社から証券取引所立会場にいる自社の売買担当者に伝える際に作成されるもの」というが、やや正確を欠く。注文の送信はコンピューターによるものであって、注文伝票自体が注文伝達の媒体となるものではない。また、取引所での取引は立会場での取引のほか、コンピューターだけで処理される取引もある。

3 つぎに、右のような注文伝票が、原告の前記主張との関係で、証拠としてどのような意味を持つものであるか(あるいは意味を持たないか)について検討する。

(一) 訴状の信用取引契約が不法行為や債務不履行に該当するとの主張(前記二1(三)(1)前段)については、原告のいう信用取引契約というのは、正しくは信用取引口座の設定であって(被告準備書面(一)第一の二1参照)、これだけでは原被告間に証券取引による法律関係は何ら生じていないから、主張自体において失当である。

(二) 訴状に記載された原被告間の各取引の違法事由の主張(同(1)後段)は、後に原告第一回準備書面により変更された(同(2))。

(三) 原告第一回準備書面に記載された各取引における違法事由の主張(同(2))のうち、無断売買の主張については、原被告間の全取引について、約定の執行がなされた後、原告に対し売買(取引)報告書(甲四、五号証)の送付がなされているにもかかわらず原告からのクレームがなかったこと、売買代金(現物取引の場合)や保証金(信用取引の場合)の授受がスムーズに行われていること(甲一三ないし二五号証参照)、原告から承認書、回答書を異議なく受け入れていること(乙八ないし一〇号証参照)など、より客観的な証拠資料により無断売買でないことが立証されるのである。

(四) 右違法事由の主張(同)のうち、勧誘方法の違法をいう部分については、その主張がなお具体性を欠き失当であるばかりでなく、原告の主張はいずれも約定に至るまでの原告と被告担当者の会話の内容についてのものであって、注文伝票の記載内容はこれと何ら関係がない。

(五) 原告の第二回準備書面、同第三回準備書面における主張(同(3))については、いずれも原被告間の具体的法律関係に影響を及ぼす事実に触れるところはない。

(六) 原告の第四回準備書面における信用取引についての適合性の原則違反の主張(同(4)①)についていえば、同原則に違反するかどうかは、原告の顧客としての属性、取引の銘柄、数量、金額等を総合して判断されることになると思われるが、このうち前者は注文伝票と無関係であるし、後者は売買取引計算書(甲二七号証、乙一二、一三号証)により立証できることである。

(七) 同じく、信用取引についての説明義務違反の主張(同(4)②)は、原告と被告担当者間の会話に関することであって、注文伝票は何ら関係がない。

(八) 同じく日本冶金工株式についての回転売買に関する主張(同(4)③)については、主として同株式の売買の回数が問題になると思われるが、これも売買取引計算書(甲二七号証、乙一二、一三号証)により立証されることである。

(九) 同じく看板理論による債務不履行についての主張(同(4)④)については、それが主張自体として疑問があるばかりでなく、その成否は注文伝票の記載とは関係のないことである。

4(一) ところで原決定は、法律関係文書の意義について前記一1記載のとおり判断した後、本件注文伝票の法律関係文書該当性の問題について、つぎのように述べてこれを肯定した。「注文伝票は、証券会社が問屋としての善管注意義務に反せずに取次ぎをしたか否かを判断するための資料となるべき事項を法律の要請に基づき記載した文書ということができるから、顧客が証券会社に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求をする場合においては、顧客と証券会社との間の法律関係それ自体又はその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書であるといい得るものであり、かつ、純然たる自己使用のための内部文書にすぎないと認めることはできないものである」と。

(二) しかし、右の判断によれば、およそ顧客が証券会社に対して損害賠償請求をする場合には、注文伝票は法律関係文書となり、ひいて文書提出命令の対象になるという結論になるのであって、全く不当であるといわざるを得ない。

(1) なるほど、注文伝票は顧客から注文を受けた証券取引の内容、ことに前記のいわゆる四原則を記載したものではある。しかし、右取引は、それ自体では債務不履行でもなければ不法行為でもない。ただ、右取引について違法性を付与する具体的な事実が付加される場合に、右取引が債務不履行とか不法行為とかの対象となるのである(債務不履行や不法行為というのは、それ自体が事実ではなく、事実に対する法的評価である)。

(2) そうすると、原決定が、法律関係の構成要件事実の全部または一部が記載された文書、という場合の「構成要件事実」とは、原被告間になされた証券取引自体ではなく、これに(本件の場合には)債務不履行とか不法行為という法的評価を与える具体的事実のことであるというべきで、かつ、その具体的事実は原告において主張立証すべきものである。

(3) 右(2)の意味における「構成要件事実」が注文伝票に記載されているかどうかという点をみると、(無断売買以外について言えば)前記3記載のとおり、もともと原告の事実主張がなされていないか、なされていたとしても具体性を欠いているばかりでなく、それらの事実が注文伝票に記載されているという関係にはないのである。

(4) 右のことは、つぎの仮定例をみるとなお明らかになる。すなわち、かりに被告において本件文書提出命令に従わないと仮定すると、原審は、注文伝票に関する原告の主張を真実と認めることができることになるが(民事訴訟法三一六条)、本件の場合には、これまで原告の主張が明確でないことは前記のとおりであるから、原告の注文伝票に関する主張が何であるかを確定することはできないことになろう。

(5) なお、原告の無断売買の主張についていえば、原告からの注文があったことが「法律構成要件事実」になると考えられる。しかし前記3(三)のとおり、この点については、被告の内部文書たる注文伝票よりも、例えば原告作成の承認書、回答書などの方が証拠価値がはるかに高いのである。

三(証拠調べの必要性)

1(一) 原決定は「申立人(原告)は、平成三年四月三日以降の申立人(原告)と相手方(被告)との間の取引行為をすべて問屋としての善管注意義務を怠った違法行為ととらえているのであるから、本件申立てをもって模索的な証拠申出であると解することもできない」という。

(二) しかし、原告の主張は前記二3のとおり、具体的な事実主張を伴っていないか、それが不十分なのであって、その主張自体がいわば模索的なものであるから、原告の本件申立てもまた模索的な証拠申立てであり、証拠調べの必要のないものである。

2(一) また原決定は、被告の申立てにかかる注文伝票のすべて、すなわち平成三年四月三日から同年七月一〇日までの注文伝票について文書提出命令を出した。

(二) しかし、これまで抗告人において述べてきたところから百歩を譲ったとしても、右期間における多数回にわたる取引(乙一一ないし一三号証参照)のすべてについて、注文伝票の証拠調べの必要性があるとはとうてい考えられない(例えば、極端な例として、原告の平成四年六月一六日付け「取引一覧表の説明」に添付された取引一覧表(現物・備考欄訂正分)No2の取引である平成三年四月一五日の任天堂株式一〇〇〇株の売付は、原告からの売却注文がなされたものであるにもかかわらず(原告第一回準備書面二1)、その注文伝票が文書提出命令の対象となっているのは不当である。その他、前記二3(六)、(八)参照)。

3 なお、原告において無断売買を主張する取引については、他の証拠がすでに提出されていることとの関係で、本件注文伝票についての証拠調べの必要性がないことについては、前記二3(三)、同4(二)(5)のとおりである。

4(一) 本件において、原告は多様な違法事由を主張しているが、それらの相互関係が不明確である。原審においては、まず、原告に主張の整理を促し、これに対する被告の主張を待って、争点、すなわち要証事実を明確にしたうえで、これとの関係で本件申立に対する判断をすべきであったと考える。

(二) しかるに、原決定は、原告の主張が不明確なままの状態で、個別の取引の態様を吟味することなく、一括して広い範囲の取引についての注文伝票の提出を被告に命じたものであり、被告の応訴活動について過大な負担を負わせるものである。

別紙抗告理由補充書

抗告人の平成六年一一月八日付抗告理由書に対し、相手方から同年一一月一五日付および同年一二月二八日付で「抗告理由書に対する意見書」が提出されたので、被告人はこれらに対し若干の反論をする。

一 相手方の平成六年一一月一五日付「抗告理由書に対する意見書」について

1(一) 相手方は「(抗告人の問屋としての)善管注意義務違反行為の有無を判断するためには、まさに注文伝票の四原則に加えて打刻の時刻を知ることが必要不可欠となる」(同意見書第二の二)という。

(二) しかし、注文の時刻がいつであったかということは、それ自体では何ら善管注意義務違反とは関係ないことであって、もし、相手方の右主張を意味あるものとするためには、例えば、相手方としては何時何分に注文したにもかかわらず、その注文の執行が(理由なく)遅れたために損害を被った、というような具体的事実の主張がなされなければならないと思われるが、相手方においてそのような主張はなされていない。

2(一) 相手方はまた、注文伝票の打刻の点について「原告(相手方)は、個々の取引につき、その注文執行前には何等承諾をせず事後承諾をしただけであると主張し、また原告本人尋問の結果……等でも、証券市場が行われている時には居なかったと供述しているのである」(同意見書第二の三)として、抗告人に注文伝票の開示を求める。

(二) これは、相手方の平成三年(一九九一年)四月一五日の日本治金工株四万株の売付けについて、相手方は当日、大川市に出張していたので右のような取引をするはずがないと主張するもののようである。

(三) しかし、この点は相手方の供述のみであって、主張としては未だ提出されていないばかりでなく、大川に出張をしたからといって、被告会社と連絡できないことにはならないのであって、注文伝票の打刻によって右取引が無断売買であるかどうかが立証される関係にはない(抗告人の原審における平成六年八月一二日付「文書提出の申立に関する意見書(二)」一参照)。

3 相手方が注文伝票の提出を求める真の目的は、要するに、注文伝票によって各売買注文の日時を特定し、それを自らの手帳(甲六号証の一ないし一一)の記載と対比することにより、いずれかの取引について、相手方が出張中、あるいは外出中であったことを理由に、無断売買であるとの主張を改めてなそうとしているものであって、まさしく、模索的証明に外ならない。かりに出張中・外出中であっても、相手方は被告会社と電話で常時連絡を取れる状態であったのであるから、もともと原告の右反証は無意味である。

4(一)さらに、相手方は「顧客が指し値で注文を発注したのにも拘らず、証券会社が右顧客の注文にも拘らず指し値(成り行きの誤記か)で売買を行なえば、それだけで債務不履行責任を負うことになる」と主張する(同意見書第二の二)。

(二) しかし、一般論としてはそのとおりであるかも知れないが、相手方において具体的に、ある取り引きが指し値注文であったにもかかわらず、成り行きで執行したために損害を被ったという主張は全くなされていないのであって、この点においても相手方の申立は模索的証明であることが明らかである。

二 相手方の平成六年一二月二八日付「抗告理由書に対する意見書(その二)」について

1 相手方が「文書提出命令の根拠となる法律関係は、被告(抗告人)証券会社の問屋としての報告義務にその法律関係(を)求めている」(同意見書第一の三3)と主張する点については、抗告人の原審における平成六年八月一二日付「文書提出命令の申立に関する意見書(二)」三2参照されたい。

2 なお、顧客が証券取引について無断売買であると主張した場合における顧客と証券会社との間の法律関係については、最高裁平成4.2.28判決(甲三〇号証)参照。相手方の主張は、この点においても法的構成が不十分ではないかと考える。

三 その他

なお、抗告人の平成六年一一月八日付抗告理由書において、いわゆる模索的証明の問題を「三(証拠調べの必要性)」の項で述べているが、模索的証明が証されていないという法理は、証拠採否の判断をする際に考慮される証拠調べの必要性の有無の問題とは別の議論である。したがって、抗告理由書の右標題は表現が適切でないので、これを「三(模索的証明および証拠の必要性)」と訂正する。

別紙抗告理由書に対する意見書

第一 法律関係文書についての解釈について

一 原決定は、法律関係文書につき、「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書とは、契約書などのように両者間の法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係の構成要件事実の全部または一部を記載した文書であれば足り、また誰の利益のために作成したかを問わないものと解するのが相当であり、またそのような文書であっても、専ら所持者の内部的な自己使用の目的で作成された文書、例えば日記帳などはこれにあたらないと解するのが相当である」と判断している。

この原決定の立場は、「民事訴訟法三一二条三号後段の法律関係文書とは、挙証者と文書所持者との法律関係それ自体を記載した文書のほか、右法律関係と密接な関係のある事項を記載した文書で、これを提出させることが当該文書の性質に反せず、訴訟における当事者の信義、公平に適し、かつ、裁判における真実発見のために重要な場合にはこの文書も右法条三号後段の文書に含まれる」とする昭和五五年一二月二六日高松高等裁判所決定(訟務月報二七巻八号一五三五頁)や、「民事訴訟法三一二条第三号後段により、所持者が提出の義務を負う文書は、当該文書が挙証者と所持者間の法律関係に基づいて作成された文書である必要はなく、文書記載の事項が挙証者と文書の所持者との法律関係に関連があれば足りる」とする昭和四七年一月二七日浦和地方裁判所決定(判例タイムズ二七二号二一五頁)、「『挙証者と所持者との間の法律関係につき作成せられた文書』とは、挙証者と文書の所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係の生成の過程において作成されるごとき文書も当たる」とする昭和四三年九月二七日東京地方裁判所決定(判時五三〇号一二頁)といった他の決定例と同様の判断によるものであり、何等「本来、訴訟当事者に手持証拠を提出するか否かの自由を認める民事訴訟法の原則から大きく逸脱する」ものではない。

二 従って、本抗告が、原決定の法律関係文書の法律解釈を争うものであれば、本抗告の却下は免れない。

第二 注文伝票と法律関係文書

一 原決定は「注文伝票は、証券会社が問屋としての善管義務に反せず取次をしたか否かを判断すべき資料となるべき事項を法律の要請に基づき記載した文書である」と解している。原決定の注文伝票についての解釈は、当然の解釈というべきである。

二 抗告理由書二(本件文書が法律関係文書に該当しないこと)2(一)によると注文伝票は、銘柄・売り買いの別・数量・単価(指し値か成り行きかの別を含む)四原則のほか、注文伝票に打刻器で日時を記入するものである。

そして、本件において、原告が債務不履行として主張しているのは、問屋の善管注意義務違反行為なのであり、かかる善管注意義務違反行為の有無を判断するためには、まさに注文伝票の四原則に加えて打刻の時刻を知ることが必要不可欠となる。

なぜなら、第一に、被告から原告に提出されている売買取引計算書(乙第一一ないし一三号証)には、前記注文伝票の四原則の内、単価(指し値か成り行きかの別を含む)についての記載がない。被告が問屋として、原告に対する業務を誠実に執行したか否かを判断するためには、まず指し値としての注文であったか成り行きであったかを問屋である証券会社は報告すべきである。すなわち、顧客が指し値で注文を発注したのにも拘らわらず、証券会社が右顧客の注文にも拘らず指し値で売買を行なえば、それだけで債務不履行責任を負うことになるからである。

ところが、現在、かかる情報は、注文伝票に記載されるだけで、原告に対する取引計算書には記載されていない。しかも、指し値か成り行きかといった業務内容を開示することにより被告に何等不利益はないはずである。とすれば、注文伝票に対する文書提出命令は当然の帰結となる。

三 次に、売買取引計算書には、証券会社の担当者が執行した際に打刻する時刻の記載もない。

打刻の時間は、まさに注文伝票にしか記載されない事実であるが、この打刻の時間を開示する必要性は、本件のように多くの取引が、頻繁に行われている場合には極めて高いことはいうまでもない。すなわち、原告は、個々の取引につき、その注文執行前には何等承諾をせず事後承諾をしただけであると主張し、また原告本人尋問の結果第一回二三七項ないし二八二項等でも、証券市場が行われている時には居なかったと供述しているのである。とすれば、かかる原告の供述を前提にして、具体的にいつ、どの銘柄につき執行したかが判然とする注文伝票を開示することは何等その文書の性質に反しない。

むしろ、重要な取引の要素である執行の時刻につき、被告証券会社のみが把握し、それを開示しないことによる不利益を顧客である原告に負担させることは著しく不公平である。従って、かかる点からも被告は注文伝票を開示すべきなのである。

別紙抗告理由書に対する意見書(その二)

第一 原告の請求の原因と法律関係文書について

一 文書提出命令の根拠となる法律関係と請求原因

抗告理由は、「法律関係の構成要件事実は、その事実について主張立証責任を負う当事者の主張によって確定することになる」とし、原告の請求原因事実は不明確であるから、法律関係文書に該当しないと主張している。

しかし、抗告人(被告)の右抗告理由は、以下のとおり何等理由がないものである。

二 文書提出命令における法律関係文書

1 文書提出命令の基礎となる法律関係については、訴訟上での訴訟物との関係すなわち要証事実をもとに、法律関係それ自体を記載した文書とともに法律関係に関連した文書であるかという訴訟法的法律関係を重視して決する見解とともに、学説的には立証事項の重要性、代替的立証方法の有無、文書の性質、所持者が当事者か第三者か、プライバシーの保護、提出命令申立の動機、公共の利益等を考慮した利益衡量論によって決する見解も有力である。

では、本件の場合、抗告理由書が述べるように、被抗告人(原告)の請求は総花的、抽象的なものであって不明確であり、「申立人(原告)は、平成三年四月三日以降の申立人(原告)と相手方(被告)との間の取引きをすべて問屋としての善管注意義務を怠った違法行為ととらえている」とする原決定の概括は不適切であり、原決定は破棄されるべきものとなるであろうか。

2 本件訴訟の訴訟物

本件において、被抗告人(原告)は、訴状において請求原因二として「被告会社の不法行為(違法な手段による信用取引の締結)」をあげ、同三として「信用取引契約に基づく有価証券売買の善管注意義務違反」を請求の原因としている。

まず、取引行為が背景にある場合に、当該取引につき債務不履行と不法行為の二つの責任が発生し、その各請求が請求権競合として認められることについては争いがない。とすれば、この様な法律構成が、本件訴訟の訴訟物として認められるか否かということである。

三 信用取引による一連の取引と債務不履行

1 この点につき、東京高裁判決昭和六三年一〇月二〇日金融・商事判例八一三号二四頁以下では、「一般に証券投資は投資家の責任と判断において行うのが本来のありかたであるが、証券の価格変動要因はきわめて複雑であって、その投資の判断には高度の分析と総合力を要するため、一般投資家は投資判断にあたっては専門家である証券会社の勧誘ないし助言指導に依存し、他方証券会社の営業成績の伸長もこのサービスのいかんに係るところがいずれも大きく、したがって、証券会社の勧誘ないし助言指導が加熱することが避けがたい傾向にあることから、このような立場にある投資家の保護を目的として、大蔵省証券局長から日本証券業協会会長宛通達『投資家本位の営業姿勢の徹底について』(昭和四九年一二月二日蔵証二二一一号)は、証券会社に対し、投資家に対する投資勧誘に際しては、投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分に配慮すること、特に、証券投資に関する知識、経験が不充分な投資家及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することを示達し、又、証券取引法七一条に根拠を置く日本証券業協会の証券従業員に関する規則(昭和四九年一一月一四日公正慣習規則八号)九条三項五号は、協会員は、その従業員が、顧客カード等により知り得た投資資金の額その他の事項に照らし、過当な数量の有価証券の売買その他の取引の勧誘を行なうことのないようにしなければならない旨定めている。」としたうえで、「ところで、証券会社による投資勧誘は、対照が一回的な現物取引である限りにおいては、たとえ取引が反復して行われたとしても、契約締結の誘因行為に止まり、これにつき債務不履行責任の発生する余地はない。そして、本件のように、証券会社と顧客との間に信用取引契約が締結され、継続的取引関係が存在する場合にも、右通達及び規則が直接には証券会社と顧客との間の法律関係の規律を目的とするものではなく、また、顧客の証券会社に対する委託目的が証券取引の執行であって、証券会社による投資勧誘はこれに関連して行われるサービス業務にすぎないことからして、通常は債務不履行責任が発生することはないものといえるが、投資勧誘の方法、態様が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験などに鑑みて著しく不適合であり、その結果投資家に損害を及ぼした場合に限り前示善管注意義務(商法五五二条二項、民法六四四条)に違反するものとして、債務不履行責任を負うものというべきである。」と判示している。

2 右高裁判決は、本件のような「証券会社と顧客との間に信用取引契約が締結され、継続的取引関係が存在する場合」につき、その一連の取引が商法の問屋としての善管注意義務(商法五五二条二項)に違反することを認めた判決である。

とすれば、本件においても被抗告人(原告)は、信用取引開始以降の全ての取引につき、「投資勧誘の方法、態様が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験などに鑑みて著しく不適合であり、その結果投資家に損害を及ぼした場合」として、債務不履行責任を追求しているのであるから、抗告人(被告)の主張が失当であること明らかである。

抗告人(被告)の主張は、一連の取引全体が債務不履行となるという法律構成自体を認めないものでしかない。したがって、かかる観点からする被抗告人(原告)の請求は「総花的、抽象的なものであって不明確」との抗告理由は失当である。

3 そして、被抗告人(原告)は、文書提出命令の申立においても、またその後の準備書面(七月一九日付け及び一〇月一一日付)においても、文書提出命令の根拠となる法律関係は、被告証券会社の問屋としての報告義務にその法律関係を求めている。とすれば、商法上問屋である抗告人(被告)は、商法五五二条二項につき争われている本件において、その義務の履行のために売買注文伝票を提出するのは当然のことである。

しかも、抗告人(被告)は、問屋の説明義務を履行するために顧客勘定元帳をコピーとして提出する用意があると明言している(平成六年八月一二日付け意見書)。顧客勘定元帳は、基本的には本件文書提出命令で対象となっている注文伝票を元に作成されるべきものであり(証取法一八八条・省令一三条)、顧客勘定元帳が提出できるのであれば、その元となった注文伝票を提出することにつき何等不都合はない筈である。

その上、証人中元自身売買注文伝票は、原告(被抗告人)の注文を証券市場に伝えるときに作成するものであることを認めている(証人中元の証言第二回一六四項ないし一七四項)。

4 以上からすれば、単に注文伝票の量が多いというだけでは、民事訴訟法三一二条三号後段の文書提出命令を拒否することが出来ないものである以上、売買注文伝票につき文書提出命令を認めた原決定は極めて妥当な決定であり、本件抗告はその理由がないこと明らかである。

三 一連の取引と不法行為

1 東京地裁平成五年五月一二日判決(判例時報一四六六号一〇五頁)によると「これらの法令、通達、財団法人日本証券業協会規則などは、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質をもつものにすぎないのであって、これらの定めに違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘などが私法上も直ちに違法となって、債務不履行責任又は不法行為を構成するものではないけれども、右に見たような証券取引の特質や特殊性に鑑みる時、証券会社又はその使用人は、投資家に対して、虚偽の情報又は断定的情報等を提供するなどして投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことを回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験などに照らして明らかに過大な危険を伴う取引きを積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があるものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違背した時は、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験その他の当該取引がなされた特定の具体的状況の如何によっては、私法上も違法なものとなるというべきであり、右証券会社又はその使用人は、このような違法な投資勧誘に応じて証券会社と当該取引をして損害を被った投資家に対しては、債務不履行又は不法行為による損害賠償の責任を免れないものと解するのが相当である。」と判示し、断定的判断提供などにより開始された一連の取引につき不法行為責任も認めている。

また、商品先物取引に関する東京地裁昭和五〇年一月二八日判タ三二三号二四七頁、神戸地裁尼崎支部昭和六〇年一二月二六日判例時報一二〇〇号一〇〇頁等でも同様に断定的判断提供による取引につき不法行為責任を認めている。

2 そして、文書提出命令の法律関係とは、不法行為などの契約以外の法律関係もふくまれるとされる。

とすれば、本件売買注文伝票は、まさに抗告人(被告)の不法行為に密接不可分として作成された文書であるから、当然文書提出命令の対象となる文書である。

3 抗告人(被告)は、「およそ顧客が証券会社に対して損害賠償請求をする場合には、注文伝票は法律関係文書となり、ひいては文書提出命令の対象となるという結論になるのであって、全く不当である」と主張しているが、注文伝票の法的性格からすれば、証券会社は注文伝票を開示するのが当然なのである。

四 注文伝票の証拠価値

1 被告(抗告人)は、無断売買については、売買報告書(甲第四・五号証)が送付されているにもかかわらず、原告からクレームがなかったことや、甲第一三号証ないし二五号証の売買代金の保証書の授受が行われているということが客観的な証拠であると主張している。

2 しかし、無断売買後の追認について、判例は極めて厳格に解している(東京地裁昭和六二年一月三〇日判決・判例タイムズ六三四号、甲第二九号証)。とすれば、事後的な文書である甲第四・五号証や甲第一三ないし二五号証によって、無断売買の有無を判断することは到底出来ないことは明らかである。

しかも、本件のように、信用取引開始時に抗告人(被告)従業員から断定的判断提供をされている(甲第二八号証参照)被抗告人(原告)が個々の取引の決済時にクレームを付けていないということ(しかし同時に、信用取引終了後は本件訴訟を提起している)だけで、無断売買の有無が判断出来ないことは自明の理である。

3 とすれば、四原則が記載されている本件売買注文伝票を文書提出命令の対象としている原決定は当然の決定であり、何等破棄されるものではない。

第二 結論

一 証券会社は、市場を取巻く政治、経済状況はもとより各会社の財務内容等の分析についてその豊富な経験、情報、高度の専門的知識を有しており、それがために一般の顧客は、証券会社の推奨にはそれなりの合理的な理由が存するものと信頼して投資決定をするものであるし、証券会社は右の信頼を獲得しているからこそ、その営業活動を拡大できるのである(東京地裁平成二年九月一七日判決判例時報一三八七号九八頁参照)。そして、証券会社は、かかる個々の投資家を圧倒する情報量を有しているのみならず、個々の取引についても証券会社が誠実に投資家の注文を執行しなければ、投資家はその投資行動も充分に行うことはできない。

従って、この様な、証券会社と投資家の情報量の差、証拠の偏在状況を解消しなければ、「ともするとみられる単純な発想、例えば『危険を承知のうえのはずだから』といった欲ボケ論や『客殺しの詐欺的商法』『収益至上の体質』といった業者性悪論だけでは解決できない微妙な事件が増えてきていることは確かであり、柔軟なものの見方・捉え方が要求されている」(清水俊彦『投資勧誘と不法行為』判例タイムズ八五三号二三頁以下)とされる証券問題の妥当な解決は不可能である。

二 かかる証拠の偏在状況等を捉らえて下された決定(福岡地方裁判所平成六年(モ)第二〇五五号文書提出命令申立事件)が妥当であること明らかである。従って、本抗告は理由がなく、棄却は免れないと思慮する。

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